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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)695号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

小林城泰

外一名

被控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人

倉田哲治

森谷和馬

石田省三郎

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、原判決理由摘示の一1、2及び3に説示するところは、次のとおり附加、訂正するほかは、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

原判決九枚目表末行の「旨」を「旨に」に、同裏七行目の「関係者の」から同末行の「つたこと」までを「増渕、榎下、中村ら関係人の捜査段階における供述調書で、本件被告事件において取調べをしたものについては、中村が第二走者であるとする点につき信憑性がなくなり、本件被告事件全般にわたつて、その証拠資料として取調べをした同人らのその他の事項に関する供述の信憑性が、再検討されざるを得なくなつたこと」に改め、同一〇枚目表一行目の「共犯者ら」を「増渕、榎下、中村ら関係人」に改め、同二行目の「基づく」の下に「同人の」を加える。

二〈証拠〉によれば、中村は、捜査段階において、日石事件の第二走者が、自己である旨任意に供述し、その供述内容は、具体的かつ迫真的に詳細なものであり、実際に体験した者でなければ、知り得ないような状況を開陳したものであり、右事件の関係人である増渕、榎下も、第二走者が、中村であつた旨一致して供述し、坂本に対する本件被告事件を起訴するに至るまで、右の点について関係証拠上動かなかつたことから、検察官は、本件被告事件の冒頭陳述においても、中村を第二走者と特定し、坂本は新橋において、中村から増渕、前林を引き継ぎ運転したものとして、坂本を第三の搬送運転者と特定して陳述したこと、また中村も、第二走者として日石事件に関与したことの刑事責任を問われて起訴され、同人は、昭和四八年七月七日の第一回公判期日まで右事実を認めていたが、その後自供を翻して、その搬送時間帯におけるアリバイを主張し、調査の結果、その時間帯には、小金井自動車運転免許試験場において、運転免許取得のため、学科試験を受験していたことが判明したこと、ところで中村が、第二走者が自己である旨一たん自供した動機は、日石事件の数日前、喫茶店サンにおいて、増渕、榎下らとあらかじめ謀議をなすなどして、同事件の具体的計画を認識していたうえ、弟である被控訴人が、榎下と面識があり、当時五反田にある立正大学に通学し、かつ、運転免許を有して自動車を運転していたことなどから、被控訴人が榎下から新宿・新橋間の第二走者となることを依頼されて、これに関与したかも知れないとの疑念を抱き、被控訴人が逮捕されるに至つた場合、同人が手伝つていた家業に支障を来たすこととなることを慮り、身代わりとなるつもりでうその自供をなした旨弁解し、中村に対する右第一回公判期日後、弁護人をして、中村及び被控訴人の右時間帯におけるアリバイの調査をさせ、その結果中村については、右のアリバイが判明し、被控訴人については、その時間帯に、家業の取引先である日本電子へ赴いていた事実が判明したことなどから、中村は一転して、従来の自供を翻して否認したこと、そこで検察官は、中村の右アリバイを覆し得なかつたため、坂本に対する本件被告事件における第二走者を氏名不詳者とし、坂本は氏名不詳者から増渕、前林を引継ぎした第三の搬送運転者であると主張を変更し、引き続き坂本に対する本件被告事件の公判を維持して本件論告に至つたこと、検察官は、本件論告第一總論三1において「榎下がそのまま(新宿付近から)新橋まで自動車を運転したか、或は榎下らがかばおうとした他の者が榎下に代つて途中から新橋まで行つたかは必ずしも明らかでないが」、「中村担当部分の自動車運転者について明確な立証を欠くとしても」と述べたうえで、同三3(本件論告一の部分が含まれている。)において、中村の弁解する事由では、その自供内容が、実際に関与した者でなければ、知り得ないような事柄に及んで、余りに具体的かつ迫真的であり、しかも、同人が、前記のとおり、日石事件の発生する二、三日前、喫茶店サンにおける関係人の謀議にも参加していたことなどから、虚偽自白の動機としては納得し難い、薄弱な根拠である旨の検討批判を述べ、さらに本件論告第二各論四2において、その動機の真意は、右自供の具体性に照らして、中付が、日石事件の具体的計画内容及び実行行為の内容を認識し、弟である被控訴人も、何らかの形態でこれに関与していたことを認識し、これを隠蔽することにあつたものと推論し、そう理解しなければ、経験則上、その動機を首肯し、理解し難い旨意見陳述し、結局中村の自供は、虚偽自白の動機を右のように推論認定しうるところの、自己を第二走者であるとする点を除いて、その他の部分は、真実を述べたものとして、十分その信憑性がある旨強調したのであり、本件論告の右各部分は、被控訴人の右関与の具体的事実を特定して明確にしたり、その関与の度合が、犯罪行為に該当する程度であつたかどうかにまでも言及したものではなかつたことが認められ、〈る。〉

判旨ところで、検察官は公益の代表者として刑罰権の実現のため起訴権を有し、その訴訟追行をなすべき職責を有する者であり、最終の意見陳述である論告において、当該公判手続で適法に取調べを受けた証拠につき、その証明力、信憑性にまで言及して検討批判を述べ、当該起訴事実との関連において、証拠の評価、位置付け及び証拠に基づく推論を開陳するなど、当該公判手続における訴訟活動を総括して締め括るのであるから、論告が検察官の重要な職責の一つであることはいうまでもなく、その関係証拠に基づく推論の結果、第三者の名誉、信用を害するに至つたとしても、その訴訟活動の目的が、当該起訴事実の解明論証のためのもので、その方法が取調べた証拠に基づき、かつ、その態様、範囲が、その解明論証のため、明白に全く不必要若しくは無関係な事項にわたつているものとは見られず、訴訟上の権利である最終意見陳述権を誠実に行使し、濫用しているのでない(刑事訴訟規則第一条二項参照)限り、適法な訴訟活動(正当な職務行為)として、違法性を阻却し、その陳述につき民事・刑事上何らの責任を問われないものと解するのが相当である。

前記認定事実によれば、本件の論告は、坂本に対する本件被告事件の解明が、中村ら関係人の供述に依存していたため、中村が第二走者であるとの点を除き、その他の供述部分の信憑性の有無が、右被告事件の立証解明に不可欠であつたことから、これらの供述に詳細な検討を加え、意見を述べたものであり、その供述に基づき前記のとおり推論をなし、その過程において、中村は、被控訴人が、日石事件に何らかの形で関与していた事実の認識をしていた旨推論し、この限りでは、結局被控訴人の名誉、信用の低下につながる事項を述べたものと受け取られないではないが、その態様、範囲も右の程度であり、右被告事件の解明論証のため、必ずしも不必要・無関係な事項にわたつているものともいえないから、結局本件論告一、二の各部分は、検察官の正当な訴訟活動に包含され、違法性を阻却するものというべく、その行為態様も、権限の濫用に該当しないことは明白である。

従つて、本件論告一、二の各部分は、検察官の正当な職務行為の範囲内の訴訟活動であるとする、控訴人の抗弁は理由があり、該訴訟活動は、正当な職務行為の範囲を逸脱し、権限の濫用であるとの被控訴人の再抗弁は、理由がなく失当である。

三以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものというべく、棄却を免れない。

四よつて、これと異なる判断に立つ、原判決中控訴人敗訴の部分は、失当であるから、民事訴訟法第三八六条を適用してこれを取り消し、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、棄却することとし、訴訟費用の負担については、同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(林信一 宮崎富哉 相良甲子彦)

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